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1994年度 地域から日本を変える1994年度 地域から日本を変える

1994年9月

西和彦氏に聞く
マルチメディア社会の未来像

桑畠健也/松下政経塾第9期生
■マルチメディアとは

 知る人ぞ知る「パソコンの神童」である(もっとも「童」はとっくに卒業)。約20年の長い間、日本のコンピュータ業界の牽引車として、パソコンの普及に甚大な影響力を与え続けてきた。パソコンに少しでも知識のある人ならば、この人の「神話」を知らない人はいないだろう。

 しかしここ数年は、それまでの疾走の疲れかペースダウンを余儀なくされていた。とはいえ、アメリカの「情報スーパーハイウエー構想」をきっかけに、にわかに注目され始めた「マルチメディア」が、アメリカはもとよりアジア、ヨーロッパを巻き込んで巨大なビジネスチャンスを与えてくれるとあっては指をくわえて眺めているわけにはいかない。

 マルチメディアという言葉は、いまや新聞、雑誌に出てこない日はないというくらい注目を集めているが、その実態は言葉ほどには知られていない。「コンピュータ、テレビ、電話といった複数(マルチ)の媒体(メディア)を通して、文字や数字だけでなく音声や映像などをいつでも好きなときに双方向でやり取りする」というのがその定義で、具体的にはテレビによる会議や買物、遠隔診療、在宅教育などが将来予測される「マルチメディア社会」である。

 あふれるマルチメディア報道の中には、「先行するアメリカに日本は追いつけない。その差は10年ある」といった強迫観念的な記事も少なくない。実際、通信基盤の整備が十分に整い、具体的なサービスを提供できるまでになっているアメリカと、これからその通信基盤をどのような形で整えていくかという日本ではその差は歴然としている。

 さて、こうした状況を西さんはどのように見ているのだろう。

 「アメリカの『マルチメディア』のインフラ基盤を支えるもののひとつに、CATV(ケーブルテレビ)の普及がありますが、アメリカではCATVに接続可能な世帯が全世帯の80%、実際に視聴している世帯が60%。カナダの場合は95%。それが日本の場合は5%。

 どうしてこのような差ができたかというと、郵政省がCATV事業へどのようにライセンスを与えてきたかという政策の違いということになります。日本の政策は規制をして大放送局を守ってきた。

 一方、アメリカという国は、もともと基本的には『国がビジョンを提言する、それを実行するのは産業界』という考えですから、結局は政策の違いが現れたのではないでしょうか」。

■マルチメディアは何をもたらしてくれるのか

 マルチメディアに対する日本企業の対応は、そこに創出される巨大市場(一説には123兆円とも言われている)に、どれだけ食い込めるかということに尽きる。確かに、供給者として参入する企業、人々にとっては大変魅力的なものであることは間違いない。しかし、このマルチメディア、利用者に果たしてどんなメリットをもたらしてくれるのだろう。

 「マルチメディアというのは、社会が情報化されていくことですが、21世紀のマルチメディアの大きな柱のひとつは『電子メール』です。これによって人と人とのコミュニケーションが楽になり、直接会わずに物事が速いスピードで進むようになって、仕事などの効率がものすごく良くなる。

 でも大切なことは、こういう便利さは技術が進むことによってもたらされるわけだけれども、技術が進むから起こるのではないということです。技術が進み、便利になることによって、ユーザーが大変ハッピーになる。そのことによって起こるのです。なぜ情報化するのかということの一番の原点は『人々の幸福のため』という視点、『こういうことがあって便利になった』とか『ハッピーになった』ことを忘れてはいけないと思います。

 これから2000年まで景気はもっと悪くなってゆくでしょう。すると、そういう時代に、テクノロジーが進むからという理由だけで情報化というのはやっていけない。必ず『便利だ』とか『得だ』とか、そういうものが必要です」。

 確かに仕事の効率があがるのはわかるが、ビジネスとしてではなく、一個人としてマルチメディアから利益を享受するには、一体どこに価値を見い出していけばよいのだろう。

 「それは、ほんとうに欲しい情報を簡単に手に入れられるということですね。たとえば『観たい』と思っていたけれど観られなかった映画がありますね。だからあとでレンタルビデオに行くけれども、必ずしも観たかったビデオがあるわけじゃなくて、誰かが借りているかもしれないし、そもそも備えていないかもしれない。でも自宅に居ながらいつでも必ずレンタルできるとなると、これは便利でしょう。そういうサービスが安価に手に入れられるようになるということです。

 マルチメディア社会というのは、情報をディジタル化して持つことだから、検索も楽になります。

 たとえばテレビ番組でいうと、自分が過去に見て面白いと思った番組があるとしたら、それをコンピュータ付きテレビやVTRが覚えていて、『これとこれとこれは観たほうがいい』とVTRに撮っておいてくれる。家へ帰ったら『ほら、テープ撮ってある』と。要らなければ見なくてもいい。巻き戻して使えばいい。そういうことも可能になるでしょう」。

 ほんとうにこのような社会が到来するとすれば夢は拡がる一方だが、いまの日本の現状は、道路作りに四苦八苦しているわけで、道路の上をドライブすること、つまりソフトを楽しむことまではなかなか手がまわらないように思えるが……。

 「テレビ番組で言えば、これから注目されるのは、小さなローカルの放送局でしょう。東京だけを扱うとか、その地域だけを扱う、もっと絞り込んだ放送局。ニューヨークでニューヨークだけを扱っているCATVがありますけど、うまくいっていると聞きます。カリフォルニアのオレンジカウンティにも、OCNといって取材した人が自分でパソコンを使って編集して、自分でキャスターをやって放送している会社があります。そういう小さな会社が、これから強く生き残ってゆくだろうと思っています」。

■マルチメディア社会を生き抜くには

 「正確な情報を持っているか、人々が求める情報を創り出すことができるかが、大きな意味を持ってくると思います。つまり、情報とか物の付加価値をどういうふうに創っていくかということ。でも、その物の価値というのは、創り手ではなく受け手が判断するわけで、受け手の主体的な判断に、その物の価値がある。そのことを認識する必要があります。

 人間そのものは、昔からあまり変わっていません。社会が変わっている。蒸気機関の発明とか、自動車の発明とか、技術の発明によって社会が変わってきた。テクノロジーと社会の動きは非常に密接な関係にある。そのテクノロジーの中で、情報化というところが大きく変わってきた。そしてこれがこれからの社会を大きく変えていくと思います。

 コンピュータの出現による一番大きな恩恵は、計算が速くなったことよりも、コンピュータ通信でたくさんの人と話ができるようになったことだと思います。マルチメディア社会を突き詰めて考えてゆくと、一番大きく変わるのはコミュニケーションの在り様ではないでしょうか。コミュニケーションの基本は言葉で、その言葉の奥にある概念、人間の気持ちとか情とかいったものが大切だからです。

 母の日にカーネーションを贈りますが、カーネーションを贈るという行為のほんとうの目的は、自分がどれだけ母親に感謝しているかというメッセージを伝えることです。花を贈るということは、その感謝の気持ちをメッセージにしてコミュニケーションしていることです。

 だから、情報のネットワーク、コミュニケーションのネットワークが大きく進むことによって、人間関係は、より豊かな時代に入ると思います。テレパシーというのがありますけど、普通の人同士が、気持ちをテレパシーのように交換できるようになれば、世の中もっとハッピーになるんじゃないでしょうか」。

 マルチメディアの中心は、言葉よりも映像にあるように感じていたが……。

 「映像か言葉かと言えば、それは言葉です。テレビを音なしで観るのと、画面なしで音だけ聞くのとでは、どちらがよくわかるかやってみるとすぐわかります。言葉の理解度は映像をつけることによって飛躍的に強化されますが、映像だけでは不十分です。主役はあくまでも言葉による『概念』ではないでしょうか」。

1994年9月執筆
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