タイトルやメニューをスキップして、内容を表示

松下政経塾




サイトマップ

更新メールニュース登録

登録

1994年度 地域から日本を変える1994年度 地域から日本を変える

1994年4月

急げ国家レベルの災害対策基金

村井嘉浩/松下政経塾第13期生
 島原鉄道島原駅で列車を降りた。タクシ−を拾い「水無川流域の被災地まで」と行き先を告げた。雲仙普賢岳の噴火で壊滅的な被害を受けた地域である。

 海岸線を走っていると急に道路の舗装が新しくなった。  「お客さん、いま走っている道路の下5メートルのあたりに、土石流に飲み込まれた以前の道路があるんだよ」。

 人のよさそうな中年のドライバ−がミラ−越しに話しかけてきた。驚いて窓の外を見ると、視線の延長上に家の屋根が見えた。土石流で埋まっているのだ。すでに私は被災地に入っていた。

 定められた駐車場にタクシ−を止めると、看板に「車は道路側に向けてエンジンをかけたまま駐車すること」とある。いつ、火砕流が襲って来るかわからないからだ。

 やや緊張しながら車を降りる。無残に潰れた家の横には、小型トラックほどもある巨大な石が不気味に転がっていた。

 被害を受けたのは家屋だけではない。ある養鶏農家の場合、土石流などの直撃は免れたものの、合計7千万円の損害を出した。自宅と鶏舎が警戒区域に指定され、立ち入り禁止になったために、ニワトリが餓死してしまい、全滅したのだ。これも噴火災害がもたらした深刻な被害のひとつである。

■自然災害に補償はない

 「自然災害による損失については、国(地方自治体)は責任を負わない」。これが現行法のスタンスである。

 前述の養鶏農家は、噴火による直接的な被害こそ受けていないが、餓死していくニワトリを前に手をこまねいているしかなかった。警戒区域の指定というハードルのために。それでも国から十分な補償は得られない。

 いまや、「豊かさ」という言葉は、現代から未来の日本を語るキーワードである。住居空間を広くしたり、長期休暇を取ることも豊かさのひとつの表現方法だろう。

 だが、多少部屋の間取りが広くなったり、休みが長くなっても、豊かな社会に生きていると、すぐには実感できないのではないか。それよりも、危機的な状況が訪れたとき(災害だけでなく、孤独な高齢者になったときなど)に、安定・安心した生活を営むことができれば、誰でも豊かな社会に生きているという実感が沸くだろう。

 いかに豊かになろうと、災害列島日本に住んでいるかぎり、養鶏農家のような災難に遭う可能性は、いつでもそして誰にでもあるのだ。

■被災者個人への助成を実現

 東海大地震に備える静岡県は、地方自治法に基づき「大規模地震災害対策基金条例」をつくっている。同県のこうした取り組みは、他の自治体にはないもので画期的なものである。

 しかし残念なことに、同基金は公共施設の応急対処・復旧などに適用を限定しており、大きな被害を受けた被災者個人の財産にまで救済の手を伸ばすことはできない。

 基金と呼ばれるものは、民法によってつくられるものもある。民法第34条では、教育・文化・生活・環境などの分野で、不特定多数の人々の利益を図るために公益法人(財団や社団法人など)を創ることを認めている。

 長崎県ではこの制度に着目し、行政では実現できない、被災者個人の財産への助成を可能にした。それが「(財)雲仙岳災害対策基金」である。

 ここでは、630億円という元金(国からの借り入れ540億円+県の基本財産30億円+全国から長崎県に寄せられた義援金168億円のうち60億円)の金利および義援金の取り崩しにより、個人の財産形成にお金を出したり、一般的な経済活動に無利子の資金貸し付けを行っている。

 決して十分な助成とは言えないが、災害が終息してから被害額を算定する現行法と異なり、それ以前にこうした手段を講じたことは参考とすべきことだ。

■年2兆円の災害対策基金を

 関東大震災級の地震が南関東一帯を襲った場合の被害額を、東海銀行が88年に算出した。それによると、住宅などの被害額は約80兆円にのぼるという。

 仮に国が2兆円(現在の国家予算の約2・5%)を災害対策基金として毎年積み立てれば、50年後には元金だけで100兆円を蓄えられる。そして、元金は関東大震災級の災害のためにとっておき、そこから生み出される金利を毎年各地で災害に見舞われる被災者救済に使えばどうだろうか。

 松下幸之助塾主は生前、無税国家論というものを提唱した。これは「毎年の国家予算の1割を余剰金として年々積み立てていくと、100年後にはその金利だけで国が運営できるのではないか」という考えである。

 税金の問題と災害対策の問題では畑違いの感じもするが、国の予算を一定額蓄えておくという点では共通している。仮にこの基金制度がうまく軌道にのれば、同様に医療福祉基金のようなものをつくり、金利だけで高齢者医療費を賄えるようになるかもしれない。

■1仮設住宅に2家族が暮らす

 島原市・霊丘公園内に仮設住宅が建っている。3年以上経ったいまでも、1軒に2家族(他人同士)が同居しなければならない状況だ。

 取材に応じてくれたおばあさんは、2部屋しか使えない住宅内に、ご主人と息子夫婦、孫3人の計7人家族で生活していた。

 仮の宿と呼ばれる家に3年以上も住まなければならない被災者たち。真に豊かな国づくりとは何か。真剣に考える時期にきているという気がしてならない。

1994年4月執筆
ページトップへ