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1993年度 地域から日本を変える1993年度 地域から日本を変える

1994年3月

A・T・アリヤラトネ博士 新井正明

文責:編集部
■混乱の底にあるもの

アリヤラトネ
 過去100年間、この20世紀に人類は非常に多くの進歩、発展を遂げてきました。おそらくこの100年間の発展というものは、それまでの人類の歴史を上回るだけのものがある。

 20世紀は、私たちが私たちの外側に目を向けてきた時代と言えるのではないでしょうか。世界、社会、あるいは経済でもそうです。

 歴史を振り返って見ると、人類は必ずしも外側だけに向いてきたわけではありません。たとえばこのアジアの地域をとってみても、過去3千年の間にお釈迦様とか孔子様とか、人間の内側、内面のほうを見て、偉大な成果をあげてきた聖人がたくさんいます。

 ところが、産業革命後の人類は、自分たちの内面を見つめるというプロセスを忘れて、専ら自分たちの外側に関心、意識を向けている。その結果が2つの大きな世界大戦であり、何百万人もの人命が失われ、貴重な文化的遺産が失われ、そして多くの人が精神的にも肉体的にも苦しむことになってしまったわけです。

 今日の混乱も、決して短期的な理由ではなく、私たち自身の内側にある価値体系、価値観の崩壊から来ているものだと考えています。

新井
 そのとおりだと思います。私たちはここで、自分の内側と外側、そのバランスを見ていかなければならない。私たちが自分たちの外側に向かって発展をしていくという部分と、私たち自身の内面を見つめ直すという部分、このふたつのバランスを取っていかなければならない、ということを痛感しますね。

 ご存知のとおり、日本は戦後、復興に非常に力を尽くしてある程度成功しました。ところが、復興とともに、心の問題といいますか、精神の問題をないがしろにしてきたことが、いま現れたのではないでしょうか。

アリヤラトネ
 松下幸之助塾主は企業経営の分野で非常な成功を修められた方です。と同時に、人類にとって将来のビジョンはどうあるべきかということについても深い考えのある、バランス感覚をお持ちの方だったと思います。

新井
 松下政経塾、PHP研究所をはじめ、松下塾主が創られた財団とか協会とか、そういうものはすべて、このビジョンを明確にし、使命をはっきりさせる、そしてそれを現実の実践可能なところに落とし込むという挑戦だったように思いますね。

アリヤラトネ
 そこで、私たちに必要なのはアンビション(野心)を将来に向けてのビジョンに置き換えていくことだと思います。私たちひとりひとりが自分自身のビジョン、将来のビジョンというものを持つ必要があると思うのです。

 そのビジョン無しにはミッション(使命)というものがはっきりしない。ビジョンを持ってはじめて使命がはっきりするというわけです。ビジョンつまり理想の実現のために自分自身が何を犠牲にするか、それをはっきりすることが自分の使命だということです。

新井
 アンビション、ビジョン、ミッションですか。本間くん(通訳)ご苦労さま(笑)。

 松下政経塾では、これまでに144人の卒業生が生まれ、30名以上が政治の世界で活動しています。あるいは他の出身者もそれぞれの分野で活動しているわけですけれども、そういった活動はすべて、未来に対するビジョンを持ち、自分自身の使命を理解し、そしてそれを実践に移している、そういう活動でありたいと思っています。

■価値観の再構築は個人から

新井
 アリヤラトネ博士が話された価値観の再構築という問題ですが、これは社会や政治ではなくて個人、家庭、コミュニティが出発点だと思いますね。

アリヤラトネ
 家庭生活の中で、人は4つの極めて大事なことを学びます。まず分かちあうこと。話すこと。さらに建設的な仕事、前向きなことをしていくこと。そして最後に学ぶのが質的な平等というものです。

 家族の中にはお父さんがいて、お母さんがいて、子供がいて、時にはおじいさんやおばあさんがいる。みんな年も違えば背丈も違うわけです。そして、役割も違う。

 もし手の指が全部同じ長さだったらものが持ちにくいでしょう。指の長さは親指、中指、小指とみんな違うわけですけれども、違っていても質的にはみんな指であるという点では共通している。そういう量的な平等ではない、質的な平等、これも家族の中で人が学び取っていくものです。

 家族の絆というものは非常に大切なものです。子供が12歳になったらその家を逃げ出すようではいけない(笑)。

新井
 一応日本では、昔と比べれば大学はたくさんでき、教育は行き届いているように見えるけれど、精神的な基本になる、本当の人間としてのあるべき姿というものを教えていませんね。

アリヤラトネ
 教育は多くのことを教えるわけですけれども、人間とは何であるか、人間として何を成すべきかみたいなことだけが、いまの教育から欠けている。

新井
 全くそうですね。

アリヤラトネ
 かつて人々は、自分で学んだことを誰かに教えるために何かを学びました。他の人を助けるために、豊かになろう、お金持ちになろうとした。また、公共のために、奉仕するために権力を持ったのです。

 いま、その精神というものが失われているように思えてなりません。

新井
 かつて『タイム』の記者が、「松下塾主が成功したのは、学校制度に束縛されなかったからだ」と書きました。

 人間の本質を学ぶのは、必ずしも学校制度ではないのですね。親があるいは松下塾主の場合なら店の主人が、奥さんが、人間はどうあるべきかということを教えた。また自分自身でどうあるべきかを考え、学んだ。「自修自得」だったわけです。

■一隅を照らす

アリヤラトネ
 個人の守るべき規範というものをもう一度確認して、それを守っていくことが、いまこそ必要ではないでしょうか。

 仏教の教えでは5つの戒律を守ることになっています。殺すなかれ、盗むなかれ、淫らなことをしてはいけない、嘘をついてはいけない、それからお酒を飲んで酔っぱらってはいけない。この5つが挙げられているわけですが、こういうところから、それをきっちり、きっちり守っていくことが大切だと私は思います。

 その上で、企業も政府も政治家も、守るべき規範というものを再確認する必要がある。

 たとえば核廃棄物を公海に投棄したり、人体に害があるということがわかっている物質を食べ物に混入したり、汚染されて自分の国では売れなくなったような品物を他の国に輸出したりと、こういうことが平気で行われているのは悲しいことです。

新井
 私たちが子供の時分は、「そんな悪いことはお天道様が見てますよ」と言われた(笑)。誰が見ていなくても悪いことはしちゃいかんと教えたわけです。

 それは博士のおっしゃる仏教の思想でもあるし、儒教の思想でもあるし、神道の思想でもある。松下塾主のいう「素直な心」に通じるところがあります。

 私が師事した安岡正篤先生は、「一燈照隅 万燈照国」といって、ひとりの人が一隅を照らしていけば、万燈ならば国を照らす。そういう具合にならなければいけないという運動をしていました。

 博士に仏教の話をするのは「釈迦に説法」かもしれませんが(笑)、日本の天台宗の開祖・伝教大師(最澄)の言葉に「国宝とは何ぞや。宝とは道心なり。道心ある者は国宝となる」というものがあります。これは昔の中国の王様が「私のところにはこんなに大きな宝石がある、これが国宝だ」と言ったら、ある人が「そんなものは国宝じゃないんだ。私のところには一隅を照らすものがある、これが国宝だ」と言った故事にちなんでいます。「古人いわく、径寸十枚は国宝にあらず。一隅を照らすものを国宝とす」というものです。

 信心の心、真の心を持って地方のために尽くす、そういう人が本当の国の宝だと言っているのです。

アリヤラトネ
 私もこれまでの人生の中で、何千人もの若いリーダーを育ててきました。

 サルボダヤ運動はなぜ政治に関わらないのか、とよく聞かれます。私は政府をつくることには興味がありません。人々をつくっていくことに興味がある。

 そういう意味では随分、スリランカ国内にロウソクの火を灯してきたような気がします(笑)。

■インタービーイングと「自分」

アリヤラトネ
 これは仏教の教えでもありますが、人間というものは、生きとし生けるものはすべて、お互いに結びついている相互依存的なものです。私はひとりで生きていく、人の力なんか借りないと言える人はいないわけです。

 すべての人、すべての動物、植物は、お互いに相互依存、互恵性とでもいうようなものによって成り立っている。私の吐いた息が、他の人によって吸い込まれ、また私の吐いた息が他の植物に吸収され、つながりはずっと続いて、すべての生きとし生けるものはみんなお互いにつながっています。

 私はこれをインタービーイング(INTERBEING)、つまりお互いがお互いの関係の中に存在していることと呼んでいます。私の中にあなたがいて、あなたの中に私がいるという、そういう関係性を持った存在だということです。

 このことに気づくところから、21世紀に向けての人間の目覚めは始まっていくと思います。

新井
 21世紀だからといって、結局は人間の問題だと思いますから、私が親しんでいる中国の古典からいうと、やはり人間ひとりひとりが真の心を持って、それから相手に対する愛情を持って政治なり、すべてのことをやらなければいけないのではないかと思います。

 「自分」という字を考えてみます。自分の「自」というのは自主的の「自」です。自律的なものです。それに対して「分」というのは部分の「分」です。全体の中のある部分であって、人間というものは決してひとりで生きているんじゃない。みんなの中で生きている。ですから地域の住民であり、日本の国民であり、世界の一員である、という認識も生まれてくる。

 だから、その自分に与えられた任務を一所懸命やるということは、常に周りに全部影響することだと認識しながらやらなければならない。自己のことだけをやっているように見えて決してそれだけではない。だから、自分の仕事をしっかりしろ、と私は言っています。

アリヤラトネ
 現代社会において必要なことは、精神的な基盤をつくることだと思います。私たち自身の中に精神的な基盤をつくることが一番大切なことです。

 政府は戦争を起こすことはできても愛をつくることはできない。愛とか共感できる心とか、人を許す心、そういったものは制度の中にあるのではなくて、人々の心の中にあるものです。

新井
 結局、いくら科学が発達し、機械文明が発展しても、やるのは人間なんだということですね。

アリヤラトネ
 とても考えられない、信じられないようなことすら平気で起こるのが今日の社会です。決して起こらないだろうと思っていたことが、現実には起こっています。

 大切なことは、ただ変化することではなくて、この変化というものが正しい方向に向かって、正しい方法で変化していくことです。

 人間が文化的、精神的価値をもう一度取り戻したときに、世界が抱えてきたいろいろな問題、貧困や環境破壊や戦争や不平等、そういった問題がすべて21世紀には解決すると私は信じています。

1994年3月執筆
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