8年前、嶋さんはスカウトされて新潟県の醸造試験場長を定年より早く辞し、朝日酒造にやってきた。工場からは美しい山の稜線が一望に見わたせる。この景色を見て嶋さんは自然に徹底的にこだわることこそ、この会社とこの町の生き残る道だと確信した。
●酒作りにとって、水は基本である。その水が汚染されれば酒造りもダメージを受ける。水環境を守るために何かしなくてはいけない。そこで目をつけたのが「ほたる」だ。嶋さんは全国各地でほたるの里復活運動を通して水環境を守る運動があることを知っていた。「酒は豊かな自然を愛でながら楽しむものだ」という嶋さんの持論もあって、「ほたる」にこだわってみた。町内を調べてみると、「ほたるを見た」という人もいれば「もういない」という人もいる。ところがひょんなことから工場の排水路に3匹のほたるがいることが発見された。山の奥にもどうやらまだいるらしい。
早速、嶋さんはほたる飼育の参考書を買い漁り、山奥からほたるのたまごをとってきて孵化させた。社内でほたる飼育への風当たりは強かった。よそからとってきてまで越路町ほたるを飼育する意味はあるのか。ほたると酒がどう関係があるのか。様々な批判の中、まず町内の小中学校でほたるを飼ってもらうことにした。
子供は大人と違って打算や疑いがない。子供たちは素直にほたる飼育に励んだ。子供が「ほたる」で盛り上がれば大人も黙っていられない。昭和61年には、「越路町ほたるの会」が町長を会長にして発足することになった。
●大人にとっては観光資源の「ほたる」も、子供たちにとっては自然を教えてくれる先生だと嶋さんは考えている。
ほたるに親しんだ子供たちは、大人になってもふるさとのことを忘れない。ほたるはふるさとをもう一度取り戻すための素材でもある。また、ほたるは農薬の空中散布などがあればたちどころに全滅する。特に越路町あたりの地下水は水位が高く農薬の影響を受け易い。ほたるは水環境を表す重要な目印にもなる。ほたるが町のシンボルとなったことによって農薬使用についても町民はデリケートになった。
嶋さんは、今、ほたるを3つのKで捉えることにしている。観光(Kankou)、教育(Kyouiku)、環境(kankyou)のKである。今では、朝日酒造ではほたる専任係を置き、ほたるの餌になるカワニナの養殖も実験的に進めている。
●町内の各地でほたるが見られるようになった。町も「ほたるの町」をキャッチフレーズにせざるをえない状況になった。
全てがとんとん拍子で進みながらも、嶋さんは最近の環境ブームもほたるブームも、けっして方便で終らせてはいけないと強調する。「ほたる復興はふるさとをなくしつつある日本人のふるさと文化創造事業なのです」「ほたるは始まりにすぎません」。そう言いながら、手ずから醸造した「ほたる」酒をくいっと飲み干した。
(桑畠健也 松下政経塾研究員)



















