「養蜂業にとってトチの木は宝の山だけど、地元の人でもそんなこと知らないしね」「面と向かっては言えない土地柄だし」。
樹齢100年のトチの木だと1日当り1斗のしかも上質のはちみつが採れる。安藤さんにとって最大の課題はトチやアカシヤなど蜜源樹(蜜蜂が蜜を採取する花木のこと)の保護だった。どうすれば守れるのか。
悩む彼のもとに同じ朝日町で山小屋を営む西澤信雄さんからどっさりと資料が送られてきた。エコミュージアムの資料である。最初はちんぷんかんぷんだった安藤さんも、西澤さんらが進める朝日町エコミュージアム研究会にたびたび参加するようになって、わかってきた。
エコミュージアムとはフランスの博物館学者アンリ・リビエールが提唱した新しいスタイルの博物館だ。従来の博物館は過去の遺物を、遺物のあった環境から切り放して展示している。
エコミュージアムでは、自然と人間の織りなす生きた生活そのものや文化を、周囲の環境とともにそっくりその場で展示し、再評価しようという試みである。まち全体が博物館であり、住民全員が学芸員である。博物館学の新井重三先生は「生活・環境博物館」と訳している。
エコミュージアムは、対象となる地域にコア(中心)となる博物館1つと、地域内の生活を展示するいくつかのサテライト(衛星)の博物館で構成される。安藤さんは蜜源樹の保護のみならず、地元の人の地元の山に対する再評価や、人間と自然の共生をみつばちを通して理解してもらうため、自力でサテライトミュージアムを作ることを決心した。みつばちサテライトである。
養蜂業の立場から見れば朝日連峰のブナ原生林はよだれのでるほど蜜源樹の残っている豊かな山である。みつばちは人間は蜜を供給するだけでなく果実の交配にも役立ってきた。朝日町のりんごが市場で高値をつけるのもみつばちのお蔭ともいえる。そんなことをエコミュージアムをとおして地元の人やよそから来る人にわかってもらいたい。
安藤さんは今、おじいさんの代から蜜箱を置いていた土地に、富士山測候所のような木造のドームを暇をみつけてはこつこつと建てている。建坪10坪のエコミュージアムの内部は、安藤さんが4年前から販売を開始した蜜ろうの工房にする予定だ。これが完成するころには朝日町の各地で、養蜂のみならず他の生業や文化遺産をテーマにしたサテライトミュージアムが続々と出現することであろう。
エコミュージアムは現在、地域づくりを進めている団体の熱い注目を浴びている。施設だけ整えるのは比較的容易であるが、安藤さんのような人が出てくるのは至難のわざである。1人でも多くの安藤さんがこの国に増えることを期待する。



















